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またまた長いご無沙汰です。ごめんなさい。つくづく私の筆不精に愛想が尽きたと言ったら、親切な友達が「あなたは筆無精じゃなくて、しっかりキチンと書きすぎるから億劫になるのよ。ホームページなんてもっとスッチャカメッチャカでいいんだからさ、文章にこだわったりしないで、普段友達と気楽にくっちゃべるときみたいな調子で、シャラシャラ書き流せばいいのよ」とアドバイスしてくれました。はいはい、そうします。今回から頭を切り替えてコペルニクス的大転回・・・てのも大袈裟か、ともかくばっさりタガを外して、文体にも時系列にもこだわらないダイアリーを随時垂れ流していきますね。
それで今日は11月18日の日曜日。福井にいます。ここは親友で「みち子がお届けする若狭の浜焼き鯖寿司」が大ブレークしている矢部みち子さんの地元で、今回はフード・フェアがあるから食べに来てよというお呼び出し。昨夜はその前夜祭というか、福井市から車で二十分くらいの丸岡の大宮亭という、鄙には稀なといっては失礼だけど、お店のデザインがスキッと爽やかモダンな蕎麦屋さんで新蕎麦の饗宴。冷たい水に浸しただけの蕎麦とか、塩と山葵をちょっとあしらうだけの蕎麦とか、蕎麦ってそれ自体にこんなに深い味わいがあるのかと感動しました。そしてこの土地の名物はおろし蕎麦。ヨソでは大根おろしがトッピング程度だけど、福井のおろし蕎麦は大根と蕎麦が互角に相擁した結婚状態で、これは絶対安泰の理想的良縁です。もう一つ私のお気に入りは蕎麦掻き。自分で蕎麦を打つ自信はないけれど、蕎麦掻きならなんとかなるかもと,作り方を教えていただきました。そういえば数日前は宮崎の「神楽」という料亭の料理がとても魅力的だったので女将から幾つかのレシピを聞きかじったけれど、果たして実行できるのかどうか。それにしても、このところ妙に料理欲が湧くのは自分の台所がないという欲求不満の表れじゃないかしら。
福井の前は京都の摩那ハウスで撮影用のドレス選び、その前は宮崎で講演、その前は横浜の勝見亭でヴァンクーヴァーから来日中の種村夫妻と指揮者のケンさん、クルーズで仲良くなった京胡奏者で新京劇の女役でもあるウー・ルーチン夫妻など十人ほどが集り長夜の宴、さらにその前は仙台で仕事をしたついでに蔵王の峨々温泉、一関、中尊寺など東北で湯治と紅葉狩り。といえば優雅に聞えるかもしれないけれど、今の私は流浪の家無き子なのですよ。5月末に、それまで住んでいた南麻布のアパートを引き払い、家財を倉庫に預けてヴァンクーヴァーの林住庵へ。そして夏の間に見つけるつもりだった次の住まいがなかなか見つからないまま、転々と居候し たり旅をしたりし続けているわけです。まあもともと遊牧民だからスーツケース一つの身軽な暮らしは嫌いじゃないけれど、秋冬の服も仕事の資料も倉庫の中だし、ここまでホームレスが長引くと流石に秋風が身に沁みますね。
なんでそんなに住まいが見つからないかというと、それがただ住むだけじゃなくて、かねがね開校を広言してる「オトナの寺子屋」と兼用だからむずかしいわけ。いくらミニ私塾でも20人くらいは集まるとなれば、かなり広い客間と、料理の講習もできるくらいのダイニング・キッチンが要るし、トイレも公私別に複数ほしい。私の部屋も寝室兼書斎として十分なスペースとプライバシーがほしい。あまり不便な場所では困る。となると、これはつまり外人が求める貸家の条件と同じだから時節柄競合が激しい。やっといい物件が見つかったと思うと、外資の会社にサッとサラわれて、幾度口惜し涙にくれたことか。そりゃ、貧乏物書き風情より、ハゲタカ外資のほうが金払いに不安がなくていいだろうけど、まるで敗戦国に逆戻りしたみたいで情けないじゃないですか。不動産で食べてるような人種って志が低いのかしら。
とブーブー嘆いていたら、遂に頃合の家が見つかったのですよ。スワッとばかり申し込んだのはこの旅に出る直前だけど、また横取りされてヌカ喜びするのは嫌だから意識から外すようにしていたら、今しがたちゃんと決って契約に漕ぎつけたと東京から連絡がありました。ああ、よかった、これで我が家で年が越せます。場所は東横線と地下鉄日比谷線の中目黒駅から歩いて七分、息子ローリーの家からも同じくらいの好都合なロケーションで、しかもゆとりの一軒家。12月初頭には入居して荷物の整理と寺子屋の準備。さあ、忙しくなりますぞ。嬉しい武者震い。まあ夏からさんざん遊び歩いてたから、十分元気です。
寺子屋の名前は「森羅塾」と決っています。森羅万象の森羅だから欲張った名前でしょ。森羅塾については、このホームページに別欄を設けて計画や状況を随時お知らせします。関心がおありの方はときどき覗いて見てください。
ここまで書いたところで睡魔に負けてしまい、明けまして今日は19日。
今回福井に来た目的である行事へのおよばれで、丸岡町の東二つ屋地区へ。みち子さんからフードフェアとか聞いて、デパートの催事などでよくある地方名産見本市みたいなものかと思って実はあまり気が進まず、このド忙しいときに、そんなことまでつきあってられないよと渋々福井に赴いたのだけど、これは全然チガウ凄く面白く得難い体験でした。その東二つ屋というのはもう二十四戸しかない約百人の集落。本来結束が固く、暖かい相互扶助や、伝統的しきたりを大切にする土地柄だったけれど、過疎化の潮流には勝てず、このままでは先祖代々ひきついで来た濃密な生活文化も先細りするばかりだと危機感を抱いた有志たちが、村人挙って手造りの郷土料理を楽しむ宴を召集したのです。これは壮観でした。民家風の「ふれあい会館」の玄関に溢れ返る履物をまたいで「お邪魔しまーす」と闖入したヨソモノは、なにかとっても懐かしい感じのイノセントな笑顔の大群に迎えられます。じいちゃん、ばあちゃんは座敷で寛ぎ、子供たちは遊びまわり、男たちは外のテントで豪快に焼いたり煮たり、女たちは台所で蕎麦を打ったり漬物を刻んだり、つまりこれが古き佳き村落共同体の活きた縮図なのですね。そして次々運ばれて来る料理がやたらと美味しいのです。洗練された味といえば都会のものだと思われがちだけど、田舎料理もまたそれなりに洗練されるのですよ。その献立は、鱒の葉っぱ寿し、ぜんまいと薄揚げ煮もの、とんぶりの味噌和え、大根葉の胡麻和え、里芋の田楽、豆の粉のおつゆ、近くの川で釣った鮎の塩焼きと田楽、手打ちおろし蕎麦、ぞろ、おは漬け、ぼたもち。「ぞろ」というのは、おじや、「おは漬け」は白菜や人参の浅漬けのことでした。皆様ありがとう、本当に御馳走様でした。

福井県丸岡町東二つ屋のふれあい会館で
郷土料理に舌鼓をうって機嫌のシニアたち

お嫁さんたちは蕎麦打ちに大奮闘
オーガニック、新鮮、手造りという理想の健康食で、明らかに身体が喜んでいます。元気になったところで、長いご無沙汰の間にどんなことがあったか、思い出せるだけ書き留めておきましょう。次回からはこんなに溜めないでちょくちょくと短く書いて更新回数を増やします。
前回のホームページは8月に急死したKさんの追悼パーティーで終わってましたよね。そう、あれは哀しい事件で随分落ち込みました。でも彼の死を発見するのは、私に与えられた役割だったのでしょう。よりにもよってあの猛暑の最中に帰国したのは彼に呼ばれたのだとしか思えないのです。後始末に活躍してくれた頼もしい甥御さんも、「今頃は仕事でインドに行っていたはずなのにたまたま日本にいたのは伯父に呼ばれたのだと思う」と言っておられたし。Kさんは宗教嫌いで霊魂やあの世の存在なんて絶対信じない人だったけど、きっと「あれあれ、死んでお終りじゃなかったんだ」と頭を掻いているんじゃないかしら。「ハハ、今頃わかったか」と笑ってあげましょう。
その後またヴァンクーヴァーに行って千客万来の忙しい夏を過したのでした。高松在住の親友でフラワーデザイナーの竹田豊靖さんも始めて来加。さすが植物の専門家で一緒に森や公園を散歩すると通りすがりの花や草木の名を片っ端から教えてくださるのでとてもいい勉強になりました。それにそのとき摘んだ花や拾い上げた枯れ枝を見事にアレンジして、我が家を見違えるほど美しく飾ってくださった竹田さんのセンスに改めて感心し、彼女に東京でクリスマス・リース作りの講習会を開いて頂こうと思いつきました。私のトークとのコラボレーションで、12月8日、1時と3時の二回どちらでも。場所は麻布十番の讃岐会館です。ここは殿様系のお屋敷あとだから美しい日本庭園や風雅な和建築も残り、都心離れした雰囲気で、讃岐料理がおいしくて安いという最近おすすめの穴場なのですよ。詳細の問い合わせと申し込みは竹田豊靖アトリエ(TEL 087-823-2906/FAX087-823-5363)へ。材料費込みで会費五千円は絶対お買い得。竹田さんも私もボランティアですからね。講習会のあと希望者だけで講師を囲む割り勘の夕食会もあります。

ヴァンクーヴァー恒例のチャイニーズディナー
(私から右回りで林住庵の新しい家守り、エリコ・ロウさんとアラン・ロウさん夫妻、地下の改築をご相談中の三河さん、チャーリー赤崎さんと邦子さん夫妻、林住庵に滞在中のベトナム駐在ビジネス・コーディネーター石井良佳さん、高松のフラワーデザイナー竹田豊靖さん、秘書の泉さん、そしていつも頼りにしているヴァンクーヴァーの熟女三人、指圧の名手、野本さん、ピアニストの大竹加代さん、写真家の今泉慶子さん、そして元日航支店長のミスター今泉さん)
ヴァンクーヴァーには当分行けそうもないので、エリコ・ロウさんという気鋭のライターとグラフィック・デザイナーのアラン・ロウさんのカップルが留守宅の家守りをして下さることになりました。エリコさんはインディアンやスピリチュアリズムなどに関する優れた著作があり、またNHKをはじめ日本のメディアのアメリカ取材コーディネーターとしても活躍されていたのですが、ブッシュのアメリカに嫌気がさしてカナダ移住を申請し、まずは東部から西に移動してシアトルで様子を見ておられました。しかしもう実際にカナダで暮さないと移住申請が無効になってしまうので、取り敢えずヴァンクーヴァーに住んでカナダ生活のトライアルをしようといことになったのです。とても誠実な方々なので安心して家をお任せし、しばらくは森羅塾の立ち上げに専念します。
ロウ夫妻に見送られて9月下旬に帰国し、10月には昨年の屋久島クルーズで大好きになった「にっぽん丸」で10日間の中国クルーズ。講演という仕事つきとはいえホームレスには絶好のバケーションです。横浜から乗船し、神戸、瀬戸内海から関門海峡を通って大連へ。五十年前、敗戦直前に大連から船に乗って日本に引き揚げたときの海路を逆に辿っているのだと思って感無量。あのときは、すでにアメリカに制空権を握られ、朝鮮の島陰を縫って夜間だけそろそろと進む命がけの航海で、暗黒の船内に身をひそめ、ずっと救命具をつけたままだった。二度と再び海外に出られるなんて、ましてやこんな贅沢な船旅ができるなんて、夢にも思わなかったもの。
大連で覚えていたのは「大和ホテル」だけ。評判どおり中国の経済的繁栄は物凄く、ぴかぴかの高層ビルや高額商品など私には興味のないものばかり。唯一嬉しかったのはマッサージで、これはまだ日本よりずっと安かったけど、それだけ安い労働力があるということだと思うと、繁栄に取り残された人々が痛ましい。
はじめての青島は美しい海岸線が南仏のコートダジュールみたい。公園で花婿花嫁が記念写真のポーズをとっているのをほほえましく眺めていたら、それが一組や二組なんてものじゃなく、まるで孫悟空がプッと毛を吹いたみたいに増殖して公園中が新郎新婦という不気味な光景なのですよ。一体これはなんじゃらほいと案内の人に訊いたら、中国人は結婚の前に公園で写真を撮る習慣があり、その一番人気が青島の公園で、各地から続々と集って来るんですって。「衣装もここで借りて木陰やトイレで着替えるんですよ。でも靴はたいてい自前です」と言われて花嫁たちの足元を見たら、純白のウェディングドレスとは似ても似つかない泥だらけのドタ靴ばかり。田舎の労働者や農民の一世一代の晴れ姿なんだろうなあ、青島は彼らの憧れのパラダイスなんだと、何かホロリときましたね。

にっぽん丸 パーティーはフォーマルで

楽隊に迎えられて大連上陸
ウールーチン夫妻と
帰りは鹿児島、宮崎、高知、和歌山の沖を回って神戸、そして横浜へ帰着。スーツケースはそのまま奈良へ送り、私も翌日関西へ。たまたま京都で上海国民学校終戦時在校生の同窓会があるので飛び込みで参加してから、奈良の友人、六本順子さんのお邸へ。この数年来、奈良にしきりと心ひかれて訪れる度に泊めて頂くのが、新薬師寺の隣組で春日大社のお膝元でもあるという最高のロケーションにある六本邸なのです。私の寺子屋構想を聞いた六本さんが「是非奈良でも分校を開いてくださいよ。うちを自由にお使い頂いていいですから」と言って下さったので「はい、喜んで出前をさせて頂きます」と答えたのはいつだったか。以来どんどん日ばかり過ぎて、東京の寺子屋はまだ場所も決らないうちに分校の方で約束の日が来てしまいました。

私の船室で机に向かう

神戸港に帰航したところ
第1日は10月22日、六本邸の一角にある「ろくサロン」という喫茶室で、私が作った簡単なオードブル、ギリシャのタラモサラダとメキシコのグァカモーレを試食していただきながら「パーティーの勧め」、第2日は23日、大和郡山のフレンチ・レストラン「弁慶」で素晴らしいフランス料理のフルコースを堪能してから「骨董物語」、その翌日は十津川温泉で休養、そして25日は岡山に行き法人会の講演をしてから、26日高松のフラワーデザイナー竹田豊靖さんとヴァンクーヴァーから帰国中の許澄子さんを伴って奈良に舞い戻り、正岡子規ゆかりの庭園がある料亭「天平倶楽部」で子規の作品を美しいソプラノで歌う異色のリサイタルと懐石の宴を楽しんでから庭園で東大寺の鐘を聴き、27日は開催初日の正倉院御物展を長蛇の列にも怯まず拝観して昔は凄いと畏れ入ってから、東大寺の大仏殿や三月堂を塔頭清涼院ご住職、森本公穣師の最高の解説つきでご案内頂いて、またまた昔は凄いと打ちのめされ、さらに軽く茶粥で済まそうと入った「塔の茶屋」で茶粥と呼ぶには御馳走過ぎる昼食に驚嘆し、秋の京都を完璧に堪能。そして午後の寺子屋第3日は、六本邸のお座敷で「スピリチュアリズムについて」。翌28日の第4日は、この夏ヴァンクーヴァーにもいらした大阪市立大学病院の井上正康教授が応援に駆けつけ下さって2人で「健康で美しいポジティヴ・エイジング」。これですべての予定を無事終了して、その夜はにぎやかに打ち上げパーティー。流石にドッと疲れたけれど、本番の前にとてもいいシミュレーションができました。六本一家の献身的なサポートとホスピタリティーに心からの感謝を捧げます。

奈良の六本邸で

森羅塾の出前版 寺子屋風景
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